
接道が2 mに満たない、あるいは前面道路が幅員4 m未満のためにセットバックを要する、いわゆる再建築不可の空き家は、東京でも価格が伸びづらい領域です。買い手のローン制約や建物計画上の不利が重なり、相場は再建築可能な近隣物件に比べて低位で形成されがちです。ただし、裏取りを丁寧に積み上げると、ディスカウント幅を詰め、成約速度と手残りを両立できます。本稿は、東京都内での売却を前提に、道路種別の確認、セットバックの容積影響、私道の通行・掘削承諾、43条の認定・許可、そして税・解体費・地価指標の扱いまでを一気通貫で解説します。結論を先に述べると、価格差は「建て替え可能性の証明」と「将来計画の具体化」で最も縮まります。セットバック後の有効敷地と建築プランを数値で示し、承諾関係と許可の見込みを段階的に開示することが、東京の買い手にとって最大の安心材料になります。
セットバックと建築制約を“数値化”して不利を最小化する
2 項道路のセットバックは面積だけで語ると損をします。評価されるのは、後退後の有効敷地で実際にどの程度のボリュームが建つかという具体像です。容積率や建ぺい率の適用、斜線制限や敷地条件の影響を織り込み、プラン断面のたたき台を提示すると、買い手の不安が解けます。役所事前相談の記録、道路種別の公的確認、後退線の位置図、舗装や側溝の扱い、固定資産税の取り扱いなど、定量情報を積むほど価格交渉は有利になります。
仲介か買取か、再建築不可の手残りを左右する選び方
再建築不可は一般の買主の住宅ローンが通りにくく、現金性の高い買い手へ依存します。そのため、仲介で一般流通を狙う場合は露出期間が長くなり、指値も深くなりがちです。一方で、買取は価格が抑えられる代わりに決済が速く、残置物や境界の手当もパッケージ化できます。ではどちらが手残りに有利でしょうか。目安として、再建築不可の売却価格は周辺の再建築可能な土地値の50〜70%に収れんしやすい前提があります。ここから仲介では販売経費や価格改定のリスク、買取では利ざや分の控除を見込みます。売主の意思決定は、売却までの月数、残置物や測量の持ち出し有無、隣地交渉の成功見込みで変わります。例えば、役所協議で43条の認定・許可の見込みが高く、私道承諾も揃い、セットバック後の有効面積で容積を概ね消化できる計画が描けるなら、仲介の方が手残りの最大値を狙いやすくなります。反対に、隣地協議が難航し、承諾取得や工期に不確実性が高い場合は、買取の確実決済を軸に交渉余地を詰める方が結果的に有利に働く局面が多いです。いずれにせよ、価格の議論は「再建築可否」「工期」「承諾の有無」「プランの実現性」を裏付け資料で示して初めて締まります。
セットバックの実務と“容積消化”の影響を可視化する
前面が幅員4 m未満の2 項道路なら、道路中心から原則2 mの後退が求められます。後退部分は敷地面積に算入できず、塀や門の設置もできません。つまり、建ぺい率・容積率の算定母数が減り、同条件でも建てられる延床が小さくなる可能性が高まります。買い手はこの点を強く懸念するため、売主側で「セットバック後の敷地面積」と「その面積に対する建ぺい・容積の再計算」「斜線制限や防火規制の当たり」を先に提示すると、減価想定が和らぎます。隅切りの指示がある交差部では、さらに有効面積が減ることがあるため、敷地求積図と役所協議のメモを整備し、確度の高い線引きを示すべきです。道路側溝の切下げ、舗装復旧や占用承認の可否、後退用地の無償使用承諾や減免措置の扱いなど、自治体運用の差も説明材料になります。これらは裏取りを積んだ分だけ、買い手側の不安コストの上乗せが小さくなり、最終価格に反映されます。
私道の通行・掘削承諾と43条の認定・許可で“再建築可能性”を担保する
接道が私道である物件では、売却の成否を分けるのが通行・掘削承諾の有無です。ガス・水道・下水の引込や舗装復旧に関する掘削は、道路管理者や所有者の同意が必要となるため、過去の承諾書や区市の承認制度を洗い、将来の工事可否を示します。さらに、建築基準法43条の認定・許可を得られる見込みがあれば、再建築不可の烙印は大きく軽減します。東京都は一括許可の基準や取扱いを公表しており、幅員4 m以上の道へ有効に接続する通路の権利確保、二戸長屋や2 階建て専用住宅など用途・規模の条件、所有者や地上権者の承諾率など、満たすべき要件が整理されています。売主としては、役所の事前協議で「どの基準に照らし、どの書類が揃えば許可の可能性が高いか」を担当課の見解としてメモ化し、購入検討者へ開示するのが効果的です。私道整備の助成や掘削承認の運用がある自治体では、その制度名や申請窓口、直近の更新日も併記すると信頼度が上がります。これらの裏取りが整えば、買い手は再建築や配管更新の見通しを持てるため、価格のディスカウントを浅くできます。
費用・税・相場を横断で押さえる
東京での価格交渉は、費用内訳と税の扱い、相場指標の三点が同じ地平で語れると強くなります。解体や残置物処理の税込概算、売却に伴う譲渡所得税の特例適用可否、住宅用地の税負担が更地化でどう変わるか、そして地価公示や路線価と市場価格の関係。これらを一枚の試算で整理し、手残りの目安を買い手と共有できれば、相対交渉での迷いが減ります。
解体費の内訳と東京都の補助制度の把握
木造30 坪程度の解体は、東京都内で概ね120〜195 万円(税込)を見込みます。鉄骨造は180〜255 万円(税込)、RC 造は225〜300 万円(税込)と構造で振れます。重機進入の可否や前面道路の幅員、アスベストの有無、付帯撤去の量で上下するため、現地見積の裏取りが必須です。東京都は空き家の家財整理・解体に対する補助制度を設け、解体は税別費用の1/2・上限10 万円を交付しています。区市でも私道整備や狭あい道路の拡幅に関連する助成・承認制度が運用されるため、対象の有無と手続時期を調べ、売主側資料に反映すると買い手の不安が和らぎます。解体・撤去費を価格に織り込むときは、税込か税別かを明確にし、廃棄物処理の明細まで示すと交渉が締まります。
税の扱い(空き家特例・住宅用地の特例・更地化の影響)
相続した空き家を売る場合、一定要件を満たせば譲渡所得から最大3,000 万円を控除できる空き家特例が使えることがあります。適用の有無は取得時期や耐震基準、売却期限、リフォームの要否など細かい条件で左右されます。さらに、所有中の固定資産税・都市計画税は、住宅用地の特例で課税標準が小規模で1/6、一般で1/3(都市計画税はそれぞれ1/3、2/3)に軽減されます。建物を除却して更地にすると、この特例が外れて負担が増えるため、解体時期と引渡時期を税負担と合わせて設計するのが賢明です。売主の手残り試算は、売却価格から仲介手数料や測量・登記、残置物撤去、解体見込み(税込)を差し引き、譲渡所得税・住民税を控除して算定します。空き家特例が適用できると、同じ価格でも納税額が大きく変わるため、早い段階で税務の前提を固めることをおすすめします。
東京の“相場指標”を価格根拠に変える
相場の会話に説得力を持たせるには、公的な価格指標を起点にするのが近道です。東京都の地価公示や基準地価、全国地価マップの路線価情報を使うと、近傍の標準地や路線の単価水準が把握できます。再建築不可は標準的な住宅地よりディスカウントされやすいものの、ディスカウント幅は「再建築可能性の裏取り」と「工事・承諾の確度」に依存します。買い手に提示する資料では、標準地の単価を起点に再建築可能な正常価格を算定し、そこからセットバックによる有効敷地減や承諾取得コスト、許可見込みなどを差し引く形で価格根拠を説明すると理解が進みます。東京は区部と多摩で値動きが異なるため、同じ“再建築不可”でも立地と開発可能性の裏取りでレンジが変わります。価格は断定ではなく、条件付きのレンジとして語るのが実務的です。
まとめ
今日決めるべきことは、第一に道路種別とセットバックの確定、第二に私道の通行・掘削承諾と43条の認定・許可の見込み、第三に費用・税・相場指標を統合した手残りの提示です。次アクションは、役所の事前相談で後退線と許可基準の当たりを取り、同時に私道関係者の承諾スキームを設計します。並行して解体・撤去の税込見積を2〜3 社で取得し、東京都や区市の補助制度の適用可否を確認してください。最後に、地価公示や路線価の指標を起点に価格レンジをつくり、裏取り一式を添付して市場に出すと、東京でも“安売りしない”着地に近づけます。
参考:
建築基準法上の道路とセットバックの取扱い(東京都多摩建築指導事務所「道路について」最終更新不明、参照2025-10-10)
https://www.toshiseibi.metro.tokyo.lg.jp/tamakenchikushidou/shigoto/kenchikushidou/douro
大田区「建築の手引 11 敷地は、道路にどれだけ接しなければなりませんか」(2025-04頃改訂、PDF掲載日から6か月以内)
https://www.city.ota.tokyo.jp/seikatsu/sumaimachinami/kenchiku/kenchiku-no-tebiki.files/11-20.pdf
東京都都市整備局「第43条第2項に基づく認定・許可の取扱い」(2023-12-13更新)
https://www.toshiseibi.metro.tokyo.lg.jp/kenchiku_kaihatsu/kenchiku_gyosei/gyosei/kijun/43
東京都都市整備局「建築基準法第43条第2項第2号に関する一括許可同意基準(基準4・5等)」(2018-09-25掲載)
https://www.toshiseibi.metro.tokyo.lg.jp/kenchiku_kaihatsu/kenchiku_gyosei/gyosei/kijun/kijyun1
あきる野市「建築基準法第42条第2項の規定による道路後退(セットバック)について」(2024-04-03更新)
https://www.city.akiruno.tokyo.jp/0000005915.html
国土交通省「令和7年地価公示」(2025-03-19公表)
https://www.mlit.go.jp/page/kanbo01_hy_010125_re.html
東京都主税局「地価公示価格(東京都分)」(2025-03-19更新ページ)
https://www.zaimu.metro.tokyo.lg.jp/kijunchi/chikakouji/r7kouji
一般財団法人資産評価システム研究センター「全国地価マップ」(参照2025-10-10)
https://www.chikamap.jp/
国税庁タックスアンサー「No.3306 被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例」(2025-04-01更新)
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3306.htm
国土交通省「土地の保有に係る税制(住宅用地の課税標準の特例)」掲載ページ(参照2025-10-10)
https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/totikensangyo_tk5_000073.html
東京都「東京都空き家家財整理・解体促進事業」(参照2025-10-10)
https://www.juutakuseisaku.metro.tokyo.lg.jp/akiya/hojo/kaitai_seiri
練馬区「狭あい道路の解消について」(2025-07-04更新)
https://www.city.nerima.tokyo.jp/kurashi/sumai/takuchi/029791011.html
武蔵野市「道路掘削承認申請書」(2025-10-06更新)
https://www.city.musashino.lg.jp/shinseisho/kurashi_tetsuzuki/doro/1003852.html
セットバックが容積に及ぼす影響の解説(ハウジングステージ記事、2023-10-19公開)
https://www.housingstage.jp/topics/topics-62092
解体費相場の参考レンジ(東京都内の事例、2025年最新データの業界記事を総合参照)
https://clean-kanto.com/blog/tokyo-demolition-cost-trends-2025-edition-a-detailed-breakdown-for-wood-steel-frame-and-rc-structures/